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【世界名車クロニクル】スバル・レガシィ(1989)

2015.03.03
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レオーネの魂を引き継ぐ、エポックメイキングなクルマ

◯当初はセダンが主役、しかしワゴンが脇役だったわけではない

1989年、元号でいうと平成元年にあたる。この年、スバルはエポックメイキングなクルマをデビューさせる。レガシィだ。

レガシィはその歴史を紡いでいくなかで、次第にステーションワゴンがメインの車種となっていくが、当初はセダンが主役であった。とはいえ、レオーネ時代からユーティリティを重視したモデルが多く存在し、それらが支持されていただけに、ワゴンの存在は脇役ではなく、準主役であったのは言うまでもない。

セダンのボディサイズは全長が約4.6m、全高が約1.4m、全幅は5ナンバーサイズに納まる1695mm。当時は、多くのエンジンやグレードを用意することが流行っていたこともあり、レガシィにも1.8リットルの自然吸気エンジンから2リットルターボまでさまざまなパワーユニットが用意された。なかでも注目なのは2リットルターボエンジンだ。このレガシィから採用されたEJ型と言われる新しいエンジンシリーズのトップに位置するのがこの2リットルにターボが装着されたモデル。当初のパワースペックはATが組み合わされるGTが200馬力、MTが組み合わされるRS系が220馬力を発生した。

レガシィはレオーネで培われた4WDを技術を生かしたクルマであった。レオーネはパートタイム式の4WDであったが、レガシィはフルタイム4WDを基本とした。サスペションは前後ともにストラット式の4輪独立懸架。

当時、新しく搭載されたEJ型エンジンはパワフルで力強く、レオーネとはまったく異なる上級な乗り味にビックリさせられたことを覚えている。車格が1つ、もしくは2つは上がったかのような感覚だ。

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◯発進したときの力強さは今も忘れない

初代のレガシィというとATに乗るよりもMTに乗った記憶のほうが鮮明。つまりGTよりもRSのほうが乗る機会が多かった。ミッションを1速に入れ、発進したときの力強さは今も忘れない。32.5kgmのトルクが4輪のタイヤに見事に伝達され、フル加速していく。レガシィの4WDシステムはビスカスカップリング付きのフルタイム4WDで、加速に関しては安定感がある。

EJ型水平対向エンジンのトルク感は独特で、各気筒の燃焼圧力がそのままタイヤに伝わっているような感覚を覚えた。エンジン回転でクルマを走らせているのではなく、エンジンの燃焼を感じられるエンジン。それがEJ型の水平対向エンジンの印象。

長めのシフトストロークを持つマニュアルミッションを操りながら、加速をしていく。ビスカスカップリング付きのフルタイム4WDは、この方式は前後トルク配分50対50を基本にして、前輪が滑れば後輪に、後輪が滑れば前輪にというように自動的に前後トルク配分を振り分ける。さらにターボ系はリヤデフにもビスカスカップリングを装備。リヤに振り分けられたトルクは、さらに左右に効率よくトルクを振り分けられる。

現在ではさまざまな電子制御デバイスでトルク配分を制御し、効率よくかつ安定する方向でクルマが制御されているが、当時としてはビスカスカップリング付きのフルタイム4WDの威力は絶大だった。

こうしたスポーツ性の高い性能を備えるレガシィは、実際にモータースポーツ界でも活躍している。まずレガシィが正式にデビューする前の出来事。記録が打ち立てられたのは発表直前となる1989年1月21日。アリゾナ州のコースで10万km連続耐久最高速記録で平均速度223.345kmという世界記録(FIA認定・当時)を樹立した。この記録は整備や給油の時間を含めて10万kmを走るのにどれだけの時間が掛かり、その平均速度が何kmであったかを競うものであった。

スバルといえば、インプレッサによるWRCでの活躍がメジャーだが、じつはレガシィでもWRCに参戦。1993年のニュージーランドで優勝を飾る。この際のドライバーはコリン・マクレーだ。

速さと耐久性をアピールできるこうした記録がレガシィの販売に及ぼした影響は大きい。


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